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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)59号 判決

原告

京人形協同組合

被告

京人形商工業協同組合

右訴訟代理人弁理士

新実芳太郎

新実健郎

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする

事実

〈前略〉

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四十一年四月十八日、被告を被請求人として、被告が商標権者である登録第五九五、五二三号商標(以下「本件登録商標」という。)について、登録無効の審判を請求し、昭和四一年審判第二、八二九号事件として審理されたが、昭和四十五年四月二十七日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年五月二十三日、原告に送達された。

二  本件審決理由の要点

本件登録商標は、別紙(一)記載のとおり、御所車の車輪(車輪の外円輪廓は金色で縁取り、内部を黒色で塗り潰し、その内部に金色で塗り潰した内円を描き、該金色の内円の外円に六個の剣菱模様の図形を配している。)の中の金色で塗り潰した内円内に「京人形」の漢字(「京人形」の文字自体については権利不要求)を黒色で顕著に横書し、その下部に「京人形商工業協同組合」の漢字をやや小さく横書し、着色を限定してなり、旧商標法(大正十年法律第九十九号。以下同じ。)第五条、同法施行規則(大正十年農商務省令第三十六号。以下同じ。)第十五条第六十五類京人形を指定商品とし、昭和三十五年三月二十九日商標登録出願、昭和三十七年八月二十四日登録がされたものであり、また、請求人(原告)の引用する登録第六一一、四一三号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙(二)記載のとおり、京の舞妓二人の姿を描き、その右側に朱色で「京人形」の漢字を大きく縦書し、その右肩上に同じく朱色で「白雲陶器」の漢字をやや小さく縦書し、上部に「登録商標」の漢字を横書し、下部に「京人形協同組合」の漢字を横書してなり、前記施行規則第十五条第二十四類白雲陶器製京人形を指定商品とし、昭和三十六年七月二十五日商標登録出願、昭和三十八年五月十日登録がされたものである。

請求人は、登録無効の審決を求める理由として、『(1)請求人の商号「京人形協同組合」は周知著名であり、これと類似する「京人形商工業協同組合」の文字を有する本件登録商標は、請求人の承諾を得ていないから、本件登録商標の登録は旧商標法第二条第一項第五号の規定に違反する。(2)請求人の前記商号は周知であり、かつ、引用商標も周知著名のものであるから、「京人形商工業協同組合」の文字を有する本件登録商標をその指定商品京人形について使用するときは、京人形の取引者、需要者において、該商品があたかも請求人の生産販売にかかる商品であるかのごとく、その品質、出所について誤認混同を生じさせるおそれがあるから、本件登録商標の登録は旧商標法第二条第一項第十一号の規定に違反する。(3)請求人の前記商号は周知著名であるから、これと類似する「京人形商工業協同組合」の文字を有する本件登録商標をその指定商品京人形について使用するときは、京人形協同組合の文字を有する引用商標の表彰力を稀釈化し、請求人の業務上の信用を破壊するおそれがあるから、正当に商標を使用する者の業務上の信用の維持を目的とする商標法の精神に反し、商品流通社会の秩序をみだすことは明らかであり、本件登録商標の登録は、旧商標法第二条第一項第四号の規定に違反する。(4)被請求人(被告)は似而非京人形(他府県より移入した人形)をもつて真個の京人形と呼称して販売している(一例をあげれば、岩槻人形組合理事長の姪が修学旅行に京都を訪れ、京人形商工業協同組合推せんの京人形を購入して持ち帰つたところ、この人形は叔父の家で作つた人形で、京都の人形問屋に卸したものであつたということがある。)が、これは、購入者を欺瞞させるものであるから、商標法第三十七条および第七十四条に違反する』旨主張する。

よつて、按ずるに、請求人の前記主張(1)については、旧商標法第二条第一項第五号の規定は、他人の氏名、名称、商号等を有する商標は他人の承諾を得たものでなければ登録しない旨を定めたものであり、右規定の趣旨は、他人の商品と誤認混同を招くことによる不正競争を防止するというよりも、右氏名、商号に対する個人(商号権者)の法益を保護するにあると解するを相当とするところ、請求人の商号は「京人形協同組合」であり、被請求人の商号は「京人形商工業協同組合」であること明らかであるから、両商号は、「商工業」の三文字の有無により区別しうるものであり、別異のものと認められる。したがつて、本件登録商標は請求人の商号を有するものではないから、本件登録商標の登録は、旧商標法第二条第一項第五号の規定に違反しない。同(2)については、請求人の商号は昭和二十八年三月三日、被請求人の商号は昭和三十年九月八日、それぞれ登記されたものであるところ、たとえ、請求人がその商号および引用商標を、その登録出願前(昭和三十六年七月二十五日以前)、商品京人形について使用しているとしても、引用商標が本件登録商標の登録出願時(昭和三十五年三月二十九日)、商品京人形の取引者、需要者間において周知著名であることは、請求人の提出にかかる甲第一号証ないし第十一号証および請求人の主張の全趣旨を総合しても、これを認めることはできないから、本件登録商標を商品京人形について使用しても、商品の誤認混同を生じさせるおそれはないものというべきである。同(3)については、旧商標法第二条第一項第四号の規定の趣旨は、商標自体が矯激な文字や卑猥な図形等秩序または風俗を乱すおそれのあるもののほか、商標自体がそのようなものでなくとも、これを指定商品に使用することが社会公共の利益に反し、または社会の一般的道徳に反する場合、その登録を拒絶すべき旨を定めたものと解するを相当とする。本件登録商標は、商標自体が矯激な文字や卑猥な図形よりなるものでないことは明らかであり、また、これを指定商品京人形について使用しても、社会公共の利益ないし一般道徳に反するおそれはないものと認められる。なお、請求人は、京人形は京都で生産されたもののみについて使用されるべきであり、被請求人の取扱にかかる京人形は似而非京人形である旨主張するが、仮に商品の不正表示があるとすれば、他の法律によつて保護を求めるべきものであるし、その余のことは、本案無効審判事件とはかかわりのないことである。

以上のとおり、本件登録商標は、旧商標法第二条第一項第五号、第十一号および第四号のいずれの規定にも違反して登録されたものではないから、商標法施行法第十条第一項の規定によりなお効力を有する旧商標法第十六条第一項の規定によりその登録を無効とすべきものではない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件登録商標および引用商標の各構成および指定商品ならびに両者の出願および登録の各年月日が、いずれも本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、原告が主張した本件登録商標の登録を無効とする事由についての判断を誤つた結果、右登録は無効とすべきものではないとした点において、判断を誤つた違法があり、取り消されるべきものである。すなわち、原告主張の無効事由(1)については、本件登録商標における「京人形商工業協同組合」と引用商標における「京人上類似の商標形協同組合」とは、商標法である。簡易敏速を尊ぶ商取引においては、語頭または語尾に差異ある場合は格別、本件のように、語間の「商工業」の文字は無視されやすく、ことに卒爾の取引においては、これを省略し、京人形商工業協同組合を京人形協同組合と略称する可能性が十分ある。したがつて、本件登録商標の登録は、旧商標法第二条第一項第五号に違反することは明らかである。同(2)については、原告の「京人形協同組合」なる商号標章は周知著名であつたし、これと被告の「京人形商工業協同組合」なる商号標章とは類似のものであることは明らかであるから、本件登録商標が使用されるときは、あたかも原告の製作または販売にかかるもののごとく、商品の出所について混同を生じさせるおそれがある。同(3)については、本件登録商標のように、原告の著名標章である「京人形協同組合」ときわめて相紛らわしい標章が登録された場合には、原告の商号標章の標識力が次第に稀釈化されるに至ることは多言を要しない。したがつて、本件登録商標を登録することは、商標法の根本目的の一である商標を使用する者の業務上の信用を維持するというパブリックポリシーに反し、商品流通社会の秩序をみすこととなることは明らかであるから、本件登録商標の登録は、旧商標法第二条第一項第四号の規定に違反する。同(4)については、本件審決の判断を争う。

なお、被告組合の組合員中には、他府県産の人形については本件登録商標を使用し、被告組合が京都で生産した京人形である旨観光客を欺いている。「京人形」の文字は、京都産の人形にのみ使用されるべきであり、右行為は商標法、不正競争防止法に違反する。本件登録商標の登録には、役人と被告組合との間に不正があると聞き及んでおり、また、被告組合は、他府県産の人形と京都産の人形とを区別して販売しなかつたため、原告組合を除名された者らによつて設立されたものであり、右設立の認可手続にも不正があるとのことである。

第三 被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

原告の主張事実中、特許庁における手続の経緯および本件審決理由の要点ならびに本件登録商標および引用商標の構成、指定商品、登録の年月日がいずれも、原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。本件審決の認定、判断はすべて正当であり、原告主張の違法の点はない。なお、原告主張の無効事由(1)については、被告組合の名称は中小企業等協同組合法第六条第三項の規定により準用される商法第十九条ないし第二十一条に定める保護を受けるもので、右名称の登記が抹消されないかぎり、権利として自己の名称を使用できるのであるから、この点からも、本件登録商標中に右名称の文字を使用することには何ら違法の点はない。また、同(2)については、本件登録商標および引用商標中の「京人形」の文字は単に商品名を表示した普通名称であり、また、「京人形商工業協同組合」、「京人形協同組合」の文字は附記的に協同組合名を表わしたもので、これらの部分はいわゆる特別顕著性を担保するものではない。自他商品の識別機能を示す要部は、本件登録商標においては、着色された御所車の図案に、引用商標においては、かがり火と舞妓の図形に存するのであり、商標法上、両者は何ら類似するところがなく、商標自体非類似であるから、商品の出所混同を生ずるおそれは全くないものである。

第四 証拠関係〈略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯および本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二原告は、本件審決は、原告主張の本件登録商標の登録の無効事由について判断を誤つた旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものといわざるをえない。すなわち、本件登録商標および引用商標の構成および指定商品ならびに両者の出願および登録の各年月日が、いずれも本件審決認定のとおりであることは当事者間に争いがなく、原告組合が名称を「京人形協同組合」として昭和二十八年三月三日設立登記され、被告組合が名称を「京人形商工業協同組合」として昭和三十年九月八日設立登記されたことは弁論の全趣旨に徴し明らかなところであるが、原告主張の無効事由(1)についてみるに、本件登録商標中の「京人形商工業協同組合」なる文字は、これが原告組合の名称と異なり同一性を有しないことは名称の構成自体から明らかであるから、本件登録商標は原告組合の名称を有するものとはいいがたく、したがつて、本件登録商標の登録が旧商標法第二条第一項第五号の規定に違反するものとすることはできない。また、同(2)についてみるに、原告組合の設立登記が被告組合の設立登記より前であること、および本件登録商標の登録出願が引用商標の登録出願より前であることは、いずれも、前記当事者間に争いのない事実に徴して明らかであるところ、原告組合が、引用商標の登録出願前、原告組合の名称および引用商標を商品京人形について使用しているとしても、原告組合の名称および引用商標が、本件登録商標の登録査定当時において、商品京人形の取引者、需要者間に周知著名であつたことは本件における全証拠によるも、これを認めることはできないから、原告組合の名称、引用商標と本件登録商標との類否の点について判断を用いるまでもなく、本件登録商標の登録が旧商標法第二条第一項第十一号の規定に違反するものといいえないことは明らかである。同(3)についてみるに、本件登録商標自体が秩序または風俗をみだるおそれがあるものといいえないことは、前記当事者間に争いのない本件登録商標の構成に徴して明らかであり、また、本件登録商標を指定商品京人形について使用することが公の秩序または善良の風俗をみだるおそれがあるものとは認めえないから、本件登録商標の登録が旧商標法第二条第一項第四号の規定に違反するものともいいがたい。原告は、原告組合の名称は周知著名であり、これと類似する被告組合の名称を有する本件登録商標をその指定商品京人形について使用するときは、原告組合の名称を有する引用商標の表彰力を稀釈化し、原告の業務上の信用を破壊するおそれがあり、商標法の精神に反し、商品流通社会の秩序をみだすから、本件登録商標の登録は前記規定に違反する旨主張するが、前認定のとおり、原告組合の名称が本件登録商標の登録査定当時において、周知著名であつたことを認めるに足りないから、右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。同(4)の主張は無効事由として認めがたいことはその主張自体に徴し明らかである。なお、原告は、被告組合は、本件登録商標を京都産でない人形に使用している等(前掲請求原因三末段「なお書き」参照)主張するが、これらの点は、本件審決の取消事由とは認めがたい。

(むすび)

三叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものといわざるをえない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 中川哲男 武居二郎)

別紙(一)

別紙(二)

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